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ひとりごと | 2007/01/17(水) 01:46

早いもので、震災から12年目を迎えました。


平成7年1月17日AM5:46
私はワープロとこたつで徹夜で格闘中
父は目の前で、朝の珈琲。
母も寛いでいました。
妹は熟睡中。


揺れを例えると、家ごとジェットコースターに乗った感じ。
ワープロは破損。必死の苦労も水の泡。
2段式の重い重いタンスは、妹を飛び越える。


しばらく避難所へ。


 


震災後で忘れられない光景



1.悲しい人たち
震災後、物資と情報を手に入れるため市街地へ。
震災後、約1週間。


被災地の親戚や知人に、救援物資を届けようと長距離を黙々と歩く人たち。
その波に混じって、一眼レフを片手に写真を撮りまくるアマチュアカメラマン。
倒れた高速道路や、ビルを写すのはまだいい。
焼けた我が家の前で呆然とする方、
線香を立て泣き崩れる家族、
悲しみに暮れる方たちを狙って、写真を撮る人がどれだけいたことか。


娘を撮るようになって、カメラの魅力は理解できます。
しかし、人の心を土足で踏みにじる行為は許せませんでした。


同じ目に遭わないと、その気持ちはわからないでしょう。
しかし、人の気持ちを推し量ることができないのは悲しいことです。


そんな人たちが、あれから12年で増えているのかもしれません。
娘を育てるに当たって、やはり、心の豊かさを願います。



2.日本の良さ
実家に水が出たのが節分の日。
ガスが通ったのがバレンタインデー。


困ったのがお風呂。
10日ほどして、銭湯が開きました。
久しぶりに入ったお風呂の透明度が忘れられません。


温泉でもないのに、自分の体が見えない。
しかし、ごったがえす銭湯に入るみんなの幸せそうな表情。
見ず知らずの人通しが、年齢を問わず話し合う。


家を失った人も、最愛の人を亡くした人もいたことでしょう。
それでも、束の間の幸せの一時。
昔の日本は、こうした人情が溢れていたのかなあと感じました。



3.頭が下がる思い。
避難所生活で困るのは、トイレ。
直後は簡易トイレも設置されず、下水も止まっているので・・・


夜中、ふとトイレの前を通ると、糞尿まみれになりながら掃除をする姿。
避難所になっている中学生の卒業したばかりと思われる子ども達。
みんな金髪でした。
みんなダブダブのスウェット姿。
俗に言う、ちゃらちゃらした姿。


5~6人が、楽しそうに汚物を汲み取り、掃除をしている。
相当な悪臭。
文句一つ言わず、冗談を言い合いながら、目をきらきらさせながら働いていました。


本当に頭が下がる思いでした。
日本も棄てたものではありません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


被災生活で感じていたのは、戦争のこと。
いつ襲われるかもしれない恐怖。(また、大きな余震が来るのでは・・)
そして、ライフラインが寸断された生活。
たくさんの方が亡くなり、悲しみに暮れている。


天災は防げません。
しかし、戦争は防げるはずです。
地球環境が脅かされているのも気になります。


私たちの子どものために、まだ見ぬ孫や曾孫のために、
平和を願います。環境保全を願います。


そして、人の心が荒廃していかないことを願います。


私は何ができるのかなあ。


震災犠牲の方は13回忌です。
ご冥福を祈ります。


 


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コメント

震災後、当時ボランティアコーディネートの組織に所属していたので、西宮で1週間ほど活動していた時期があります。1ヶ月以上経っていたので、傷跡は残っていましたが、落ち着きも取り戻しつつある頃でした。
不謹慎ではありますが、その後、横浜に戻り、お見合いをして…ですので、阪神淡路震災の年は僕と女房が知り合った年でもあります。…やはり年々、少しづつ扱いが小さくなり震災などの天災に対しての意識が低くなっていきつつあるような関東地方…と思っているのは僕だけでしょうか?
2007/01/17(水) 11:03 いわさき URL [編集]

震災に遭われていたんですね。
私はその頃海外赴任で日本を離れていて、赴任先で震災のニュースを見ていました。
画面に映し出される惨状を見て「これが日本?」と愕然としたことを覚えています。

帰国後結婚して子供が生まれ今に至りますが、災害の備えだけは欠かしていません。家族を守らなくちゃいけませんしね。
まだ災害に遭ったことがないので、机上の理論になってしまいますが、「備えあれば憂いなし」の言葉は忘れないようにしています。
天災は突然やって来ますから。
2007/01/17(水) 11:50 ポッカ URL [編集]

以前「震災で卒論は免除された」なんておっしゃっていましたが、
今だから笑って言える事なんでしょうね…。

阪神大震災は忘れませんよ。
従兄弟がそれぞれ別の年に生まれていますが、二人も今日誕生日なのです。破壊神のようにやんちゃな女の子二人です。
2007/01/17(水) 14:44 *シン* URL [編集]

hinaパーさんも、震災の経験者なんですね。

私は、尼崎市の1人暮らしの小さなアパートで、
震災にあいました。
もう2、3秒ゆれていたら、崩れたかもしれない。
それ以来、電気を消して就寝できなくなりました。

そして、神戸でおなじく1人暮らしをしていた
とっても仲の良かった友達を失いました。
もう泣くまいと思っていても、
今日だけはどうしても涙がでてきます。
2007/01/17(水) 20:04 てんこ URL [編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/01/17(水) 21:25 [編集]

私は大きな天災を経験した事がありません。
大きな地震、家ごとジェットコースターと聞いても
なかなか想像できないのが事実です・・・。
これは幸せな事なんだな、と改めて感じました。
そして、これからは、何かあったら子供を守らなければなりません。
備えだけは、きちんとしておこうと、思いました。
2007/01/17(水) 22:47 RUNA URL [編集]

コメントありがとうございます!

>いわさきさんへ
こちらも震災の扱いは減少しています。
でも、忘れないようにしたいですね。
私も、西宮でもボランティア活動をしました。
記憶も薄れていますが、目に焼き付いている光景はいくつも・・・

>ポッカさんへ
生まれ育った街が無惨な姿になるのは辛いことでした。
備えあれば憂いなし。
娘がもう少し大きくなったら、繰り返し、震災のことを伝えるつもりです。

>*シン*さんへ
二人とも従兄弟さんが、この日に誕生とは・・・・
また、教えてあげてくださいね。
辛いこともありました。
あの日を忘れず、幸せに生きていきたいと思います。

>てんこさんへ
尼にお住まいでしたか!
電気を消して就寝できなくなったこと、よくわかります。
小さな物音にも敏感になりましたね。
私も大学の友を失いました。
毎年、この日だけは涙を流しましょう。

>J9さんへ
突然やってくる天災。
自然の恐ろしさをまざまざと感じました。
が、人情の素晴らしさも感じました。

>RUNAさんへ
日本に住んでいる限り、いつ地震に襲われるか分かりません。
私も体験するまで、全く想像できませんでした。
でも、家がつぶれず、家具が倒れてこなければ何とかなります。
経験した私ですが、備えは不十分です。
2007/01/17(水) 23:23 hinaパー URL [編集]

私も関西に住んでいるので経験しました
といっても、まだ被害の少ない地域だったけど・・
まだ学生でしたが、部活のみんなでおにぎりを作りに行った記憶が
本当に日本も捨てたもんぢゃない!
って思う反面・・
そんな心をちゃんと育ててあげられる人間になりたい★
お互いにこの経験を過去のものにしてしまわず
生かしていけるようになりたいもんだね!
2007/01/17(水) 23:26 hime mama URL [編集]

hinaパーさんは被災者さんだったんですね。
日本の多くの人にはもう風化されつつある震災かもしれませんが
やはり関西圏に住む私にとっても毎年この日を迎えると少し
胸が痛みます。あの日は大阪でも会社までの交通がストップし
自宅へ引き返しました。翌日からは神戸に住む上司が被災者でありながらボランティアに出て1週間出社されず事態の大きさを痛感しました。そして会社のビルの窓にもひび割れができていたぁ・・。

災害が起こった時、安全かつ安心できる場所の確保や支援の充実などのシステム作りを行政にぜひお願いしたいですね。

そしてhinaパーさんがおっしゃる通り防げるはずである戦争や環境破壊についてももっと真剣に考えていく世の中になりますように。私たちひとりひとりが努力をしていきたいですね。
2007/01/17(水) 23:40 やっぴーママ URL [編集]

あの時は福井でもかなり揺れて、普段地震が平気なあたしもさすがに
ビビルほどの揺れでした。
会社でも普段付けないテレビつけて、地震の状況やなくなられた方の情報を
みんな見てました。
3年前に福井で洪水があったときも、ボランティアの方たちが沢山来てくれて
被害にあわれた方は「ありがたい、ありがたい」って言ってました。
それとは逆に県や国の対応には呆れることが多かったとか。
災害を利用して金儲けする人もいましたし。
他人事なんでしょうね。
いつか自分も同じ目にあうかもしれない。
ホントは他人事じゃないのに。
2007/01/18(木) 00:12 otsuki URL [編集]

私は成人式に出席した2日後でした(しまった、歳がバレてしまうi-230
我が家の柱がボロだったこともあり、静岡でも大きく揺れました。

「明日は我が身」の東海地方で、子どもの頃から防災訓練が盛んですが、いざとなったら果たしてちゃんと対応できるだろうか…。
職場が地域の避難地となる仕事柄、「本番」となったらその瞬間を自宅で迎えても、家族を置いて車で40分の距離を川を越え山を越え何とか出勤して応対しなければなりません。

独身の頃と違い、「守るもの」が出来るといろいろ考えてしまいます…。
2007/01/18(木) 00:14 ゆずぴパパ URL [編集]

コメントありがとうございます2

>hime mamaさんへ
・・・そんな心をちゃんと育ててあげられる人間に
全く持って同感ですが、
あの震災での経験を活かし、心の交流を常に意識したいですね。

>やっぴーママさんへ
私も毎年、胸が痛みます。
ただ、だんだん意識が薄れていく自分にも悲しい思いが。
一人一人の努力、大切にしたいですね。

>otsukiさんへ
福井でも相当揺れたとは・・・・・
同じ痛みを味わうと、日本人も捨てたもんじゃありません。
が、他人事になると、あまりにも冷たい。
同じ痛みを味あわなくても、できるといいんだけどなあ。

>ゆずぴパパさんへ
パパさん若い!年齢は知ってますが・・・・・

東海地方は、震災を経験したこちらよりも意識が高いでしょうね。
家族を置いて車で40分の道のり・・・・・
自転車だとどのくらいかかるのでしょうか。

守るものができると・・・ほんと、そうですね。
2007/01/18(木) 01:21 hinaパー URL [編集]

遅くなってすみません。
軽い気持ちでコメントしたくなくて…。

私達、関東に住む人間が
どれだけ同情しても、
私達はどうやっても被災地の方の気持ちは理解できません。
あの出来事が現地の人たちの心と体に
どれぐらいの傷を負わせたのか…。

撮影するアマチュアカメラマンに大意はなかったと思います。
ただ、悲しむ人たちに対する敬意がないのでしょうねー。
同じカメラを愛する者としてとても残念です。

天災が起きないよう祈りつつ、
絶対に戦争は起こしてはいけないと
環境は守っていかなければならないと、
子供達に伝えるのは私達の義務です。
2007/01/19(金) 06:19 はりまお URL [編集]







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